韓国在住5周年|20歳で渡韓、留学から結婚までリアルな5年間の記録

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안녕하세요💜
韓国・大邱在住5年目のみまです。

 

20歳でこっちに渡り、もう25歳。。
楽しい20代の時期をすべて韓国で過ごしてきました。

そんな私が
2026年の2月で韓国在住5周年に!
(もう5年…?!早すぎる:))

 

一瞬すぎたほんとに。

 

今回はちょうど節目を迎えたということで、5年間韓国で暮らしてみて正直な感想を綴ってみようと思います。(自分の思いで記録用としても残したいので)

 

6年目からも自分のペースで頑張るために…

最後までお付き合いいただけると嬉しいです!!

 

※マイナスな部分も出てくるので、見たくないよという方は、私がひそかに挑戦中の韓国全国巡り記事へ👇✨

みまの韓国全国巡り
「みまの韓国全国巡り」の記事一覧です。

 

それではスタート!!



韓国にハマったきっかけ、そしてなぜ韓国留学へ?

 

そもそも私がいつ、なんで韓国にハマったのか。

中1の時に母の影響で初めて見た韓ドラがきっかけでした。

そのドラマに出てた元東方神起の人にハマってしまい←(笑)K-POPオタクへ。

一度ハマると止まらない私は、ハングルを勉強し始め、2014年中学2年生で初渡韓。目的はJYJのソウルコンサートでした。(私の初渡韓、今思うとソウルコンサートってめっちゃハイレベルじゃない…?🤣)

初めての韓国地下鉄・タクシー・市場…すべてが新鮮で、ドラマで見たハングルの世界

“うわあ、韓国楽しい…!”

当時のあのワクワクした気持ちは今でも鮮明に覚えています。

 

そして日本に帰る飛行機の中で

ハングルは読めるけど、韓国語が全くできなかった私は

「いつか韓国の方と韓国語で話したい」

「韓国留学したい!」

という新しい夢ができました。

 

月日は経ち…

中・高の学生生活すべてを部活(バレー)に注いだ私は、韓国語の勉強をする時間など全くなかったけど、稀なOFFには母と韓国へ行ったり、コンサートへ行ったり。

その度に韓国がどんどん大好きになって、住んでみたくて、もっと知りたい国になっていきました。

なんで韓国が好きなのかと言われても難しいのですが、雰囲気・料理・街・ファッション…すべてがただただすきでした。(笑)

 

一度ブログで書いたので、詳細は省略しますが…↓

社会人から留学した話
안녕하세요!💜ミマです 留学するってなかなか簡単にはできませんよね。留学以外にも自分の進路について悩めば悩むほどわからなくなる… この記事を読んで下さっている方の中...

 

高校卒業後は進学を諦めて就職したけど、1年9か月後に退職。

中学生の頃からの夢であった

韓国留学

を叶えました。

 

ちなみに留学行く前の韓国語は赤ちゃんレベル。TOPIKの級すらないまま渡韓しました…💦

 

留学生時代、韓国生活への心境の変化

留学1年目 韓国生活超楽しい!夢みたい!!

待ちに待った留学生活。

コロナ真っ最中だったので、韓国到着後2週間の隔離生活があったり、オンライン授業になったりと、はじめは大変でしたが、韓国留学できていること、韓国で生活できていることが楽しくて、勉強もやる気に満ち溢れていました。

 

勉強面では韓国語取得を第1優先にして1TOPIKの勉強 2韓国語会話 の2種類に分けて自分なりに頑張っていました。

TOPIKの勉強は大学の図書館で。(時間があれば図書館に行って勉強してました)

韓国語会話は韓国人のお友達のグループに入らせてもらい、カフェに行ったり、お酒を飲んだりしてネイティブの韓国語をひたすら聞いてリスニング力を伸ばしていました。←(笑)

 

当時は韓国人の友達が何言ってるのか半分も聞き取れていませんでしたが、お酒の力を借りて「今の言葉どういう意味?!」とか発音が悪くても間違えても良いから堂々と喋って会話力を伸ばしていました。当時は“韓国語が出来ずに恥ずかしい”という気持ちが1ミリもなく、場数が大事という精神でグイグイ行ってました…!!

 

韓国語の初級から中級までやればやる程

「わかる!」

「韓国語伸びてる!!」

と自分でもわかるくらいどんどん成長していったので←(自画自賛ですが)

韓国語を勉強・習得するのが単純に楽しかったです。

人生でこんなにも勉強したの初めて!と言うくらい平日は朝から晩まで図書館にこもっていましたが、とっても幸せでした。

その頑張りが結果となり、3月から始めたTOPIK勉強、7月には4級合格・10月には6級合格と1年もしないうちに6級合格することができ、より一層韓国語への自信がついた1年目でしたね。

 

生活面では

半分くらいしか聞き取れない韓国語の実力でしたが、銀行・携帯・スーパー・病院・お店など…あらゆる場所で“一人で出来た”ことが自分にとってはとても嬉しくて自身がついていきました。

 

怖いもの知らずで、とにかく経験が物を言う!精神でどんどんどんどん外に出ていってたなあ。。

 

毎週の休日や長期休みは色んな所へお出かけへ。

新しい食堂へいってグルメ店を見つけるのも、お洒落なカフェへ行くのも、大邱を離れて地方都市やソウルへ行ってみるのも、全てが楽しかったなあ。当時は韓国旅行気分が全然抜けませんでした。

「“韓国に住んでいること”6.7年前の私は想像もしてなかったなあ、あの時の自分に言ってやりたいな」

と毎日思ったり

韓国に住んでみて気づいた韓国のカード社会・빨리빨리文化に対して

「とても良い!日本も見習った方が良い!」

とか言ってたりして正~直、、自分に酔ってました、(笑)(恥ずかしすぎる)

 

一言でいうと

夢だった韓国留学に来れて幸!!❤
韓国生活最高~!👆

の1年でした。

 

留学2年目 とにかくやってみる!挑戦心!!

2年目からは韓国社会に飛び込んでみる!のをモットーに

夏休みに1カ月間韓国のリゾートバイトをしたり、
後期からはアルバイトを始めてみたりと、

学校・友達の身内のなかだけで留学生活を送るのではなく、韓国社会に飛び込んでみました。

初めての海外でのアルバイト、とにかく毎日出勤前、退勤後に仕事内容を復習し、バイト中によく使う単語(サービス業で使う単語やフレーズ)を覚えたりして学校や友達といた時には使わなかったような韓国語も学びました。

バイト中にお客さんから言われた事が聞き取れなかったりしても、外国人だと気づかれてもな~んにも凹みませんでした。

むしろ

「経験!!」

とポジティブに思えていました。

 

韓国社会に飛び込んだからこそ、より韓国語が上達したし、人脈が広がったと思います。

(このバイト先で今の旦那さんとも出会いましたし…(^^)/ㅎㅎㅎ)

 

学業では、2年制の永進専門大学を卒業後、同じ大邱にある慶北大学に編入することを決断。

もっと韓国で勉強がしたい
学士を取得したい

という気持ちから、留学前は考えてもいなかった4年生大学への編入。

とにかく不安はなくまだ学べるんだとワクワクしかなかったなあ。

 

留学3・4年目 燃え尽き・自己嫌悪

慶北大学へ編入後

授業レベルが全然違う事
学校生活に慣れるまでに時間が掛かった事

で焦りはじめ、それに加えて

韓国語の悩み
金銭的苦しさ

など色々重なってあれほど超ポジティブだったのに、だんだんとマイナス思考になってきてやる気がなくなったりと気持ちが下がり気味に。

 

大学生活は自分が学びたい分野だったので、ついていくのに大変でしたが、楽しさが上回っていました。

3年1学期の成績はだいぶ悪くて人に言えないほどでしたが…←(笑)

4年1学期には学科内での成績優秀奨学金50万ウォンもらえるほど成績が良くなりました。

勉強しに大学編入したから、大学の勉強に関しては大変だったけど、なんだかんだ頑張れていました。

 

 

問題だったのは後者の2つ。だいぶ精神的に来ました。

 

韓国語では発音で苦しみ(今もですが)

ネイティブに近づきたくて、頑張って発音を真似して練習してみても、どうしても上手くいかない。外国人って気づかれる度に悔しくて、恥ずかしかった。

親しくもない人から発音指摘されるのもだいぶストレスでした。

相手は良かれと思って言ってくれていたんだろうけど、私からしたら本当に有難迷惑でした←(^^; (共感してくれる人いるかな))

何より一番食らった言葉が

「韓国生活まあまあ長いのにね(韓国語思ったよりできないね?的な)…」

ってのが本当にグッサっと刺さりました、、。

それから自分の韓国語に全く自信がもてず、話すのが憂鬱になっていくという韓国生活で一番あってはいけないことが起こってしまったのです(/_;)

 

金銭面もほんとうにきつかった!!

大学の学費、家賃、生活費…ほんとうにカッツカツで遊びにいくお金なんて全然なし。

大学編入は予定になかったから、2年間でやりたいこと・行きたいことすべてお金を使ってしまっていたのが一番痛かった:)

毎日寝る前にバイトを増やしすぎても勉強する時間が無くなる…日本の家族にも極力頼りたくない…どうしようという心配が無限ループでなかなか寝れないときもあり、メンタルズタボロ:)

 

ここでキラキラ韓国生活終止符。

 

現実が見え、自己嫌悪に陥ります(苦笑)

初めて日本に帰りたいと思ったなあ。。

 

大学卒業後、日韓カップルから日韓夫婦へ|“外国人が韓国に嫁ぐ”沢山悩んだ1年

楽しいことも、しんどいことも沢山あった4年間の留学生活を終え、卒業後は3年お付き合いした彼と結婚に向けて本格的に動き出しました。

いくら4年韓国に住んでいたとはいえ、やっぱり“留学生”として韓国に住むのと“結婚”して韓国に住むとでは別物。

それを一番痛感し、難しいなと思ったのは義家族との関係でしたね。

仲が悪いとかでは全くなくて!

私が「”嫁が外国人だから”と妥協されたくない」という変にプレッシャーを自分自身にかけていたので、義家族に対しての関係にとても神経質になっていました。

✓義両親に全部にイエスマンになっちゃう(言いたいことあったら全部なんでも言いな!って言ってくださるけどまだ慣れずできていない…)
✓韓国文化含めて、義家族に馴染めているか?また、失礼してないか?
✓年配の方の方言(慶尚北道)聞き取れなかったらどうしよう…

などなど勝手に!一人で!!義家族との関係に苦しんでいました。

そして“結婚する”というのは私と彼だけの問題ではないんだなというのを改めて身に染みて感じまして…それがだんだんプレッシャーにもなっていた。

まぁ全部自分が深く考えすぎてしまう性格だからしんどかったのかもしれません(‘_’)

 

=また結婚関連でブログを書きたいと思っていますが…=

 

本当に自分は海外に嫁いでいけるのか?1か月くらい一人で結婚を考え直した時期もありました…:)

彼と大喧嘩したとか、信頼をなくしたとか、仲が悪くなったとかではなく、私自身が「本当に韓国に嫁ぐ覚悟ができているのか?」決心できなかったんです…

それでも私は彼と家族になりたい気持ちが1番で、別れるなんて考えられなかったし、考えるだけで悲しかった。それが答えだと思い、結婚に振り切りました。

 

 



韓国生活5年間を通して学んだこと・変わったこと

私はいつまでも外の人。韓国人に“なれない”から“ならない”と決めた。

いくら韓国生活に慣れていようとも、韓国語が日常生活を送るに不便がなくとも、私はあくまでも外国人。

外国人登録証がないと韓国(ココ)へは住めないし、何をするにも一つ手間がかかる。
言葉だって長く住んでいても未だにネイティブみたいに発音はうまくならない。
韓国人の友達にあっても日本人フィルターがかかって当然。韓国人ノリは未だに入れない。(無理に入ろうとも思えない)

こっちに来て初めは“韓国人になるんだ”とすべての変動に対して思っていたけど、それが負担になっていて、自分が一番の味方でいなくてはいけないのに、自分が自分にプレッシャーを与え、精神的に追い詰めていました。

なので今は

“韓国人になる必要はない”

“日本人というのを武器にして私はこれからもずっと日本人として生きていくんだ!”

と考えをシフトチェンジし。そうしたことで肩の荷がスッと下りたような気がして楽になりました。

 

韓国語とはマブになる

韓国に住んでいるから当たり前ですが、韓国語がいくらいやになっても絶対に逃げれない。

韓国語がイやになる時期がしょっちゅう来ますが、常に「はあ韓国語が…」とマイナス思考になること自体がストレスを受けているなと感じました。

なのでプラスに考えて、「韓国語とは一生付き合っていくマブ(友達)だから仕方ない」と割り切るしかないんですよね。

 

TOPIK6級取得したら、韓国人と会話ができていたら、もう韓国語は完璧?

いいえ、そんなことはない。

韓国に住んで5年目ですが、まだまだ知らない単語なんて毎日のように出てきます。

(もっと大変なのが流行語や若い子が使う言葉。もう知ったこっちゃありません…(笑))

 

だから、毎日韓国語には触れるんです。1日5個でもいいから新しい単語を覚えていくんです。発音してくんです。

韓国語を勉強するという概念は捨てて、韓国語とは二人三脚の相棒で離れたくても離れれない存在だって思うと良い意味で気落ちが楽になりました!

 

事前準備は心のお守り

上と似ていますが

いくらTOPIK6級を取得しても、日常生活の中で分からない単語なんて無限に出てきます。

スーパー行ったら野菜・魚・肉の名前全部の単語まだまだ分からないものたっくさんあります。
病院は自分の症状を伝えないといけないから関連単語を事前に調べて病院へ行きます。…

というように日常生活の中で各分野の専門用語(単語)はまだまだ知らないものばかり。

 

だからどこに行くにも、何をするにも使う単語を調べていくことでテンパらないし、落ち着いて行動することができます。

なので私は何をするにしろ、どこに行くにしろ事前に調べていくのが当たり前になりました。(それがめんどくさくなる時期はしょっちゅうあります(笑))

 

海外生活において事前調べは心のお守りになります☺

 

性格の変化│気が強くなった・セッカチ

いやあ、こればかりは私も気づかなったですが、

韓国在住2年目の時、一時帰国をした際に母から“性格きつくなったね”と言われたんです。

私自身、性格が変わった感じはしなかったのですが…家族とは久しぶりに会ったので“前と違う”と感じやすかったのかなと思います。

きっと海外で強く生きないとという気持ちと、韓国の競争社会になんとかついていかないと!というので強くなっちゃったのかなって。

偏見ですが韓国の方って日本人より表情が無じゃないですか、、それで私も顔の表情がなくなっていったのかなと思ったり:)

 

そして“빨리빨리”の性格になったこと!!

これは自分でも感じていた部分ですが…特に日本帰った時に感じます。

日本でお会計するときに、言われる前にカードを挿してしまっていたり、早歩きになったり、エレベーターの閉まるボタンを連打している自分がいたり(^.^)

生活環境で人はすぐに変わってしまうのかと痛感。。(笑)

 

日韓の歴史・政治を勉強するようになった

日本にいた時は

歴史とか政治は難しい(堅苦しい、、)

というおバカな考えで←見て見ぬふりをしてきた。

 

こっちに来て、授業中で日韓関係の内容に触れた時に、韓国留学に来た(堅く言ったら学びに来た)からこそ知っておかないと。という考えに変わっていきました。

なぜそう思ったか、
そもそも知っておくのは常識と痛感した。
歴史・政治とも日韓は昔からずっと深い関係があるから。

そして暮らしの中でも
大学や友達の集まりで自分の発言が失礼だったら?
韓国のことはもちろん、母国のことを聞かれたときに何も知らなかったら?

日本人として、韓国に住んでいる以上は知っておく必要があると感じました。

 

そこから

大学講義で積極的に関連の授業を取って受講したり、
一人で韓国にある歴史館・資料館・博物館に行ったり
日本のニュースを積極的に見たり

して自分なりに学んでいくようになりました。

 

人間って不思議ですね。

勉強していくうちに、楽しくなっていき

「なんで今までこんなこと知らなかったんだろう」

と常識のなさに恥ずかしくなりました:)

 

母国と韓国のことをより理解するためにも…知っておくのはとても大事だなって思います(‘◇’)ゞ

 

日本にいる家族への感謝(ありがとう)

この5年間、どんな時も応援をしてくれて、励ましてくれて、見方でいてくれて、日本に帰る実家(ばしょ)があったからこそ、頑張れたと思っています。

留学時代からずっと家族には伝えても伝えても足りないくらいの感謝でいっぱいです。

特に母から

「娘の幸せが母の幸せだよ」

と言われた時は本当にうれしかった。

 

それと同時に

留学に来るとき、結婚を決めたとき、一番寂しがっていたのは祖父母でした。。(ちなみに私は祖父母っ子です)

涙を浮かべながら

「遠くにいてなかなか会えなくなるね、寂しくなるなあ」

と言われたとき、私も涙が止まりませんでした。

私が韓国にいることによって悲しませてるのかなと思ってしまったり…
祖父母孝行できてないのかなあと思ったり…

 

だけど、私がこっちで幸せに暮らすことが家族への一番の恩返し。

そう思って毎日一生懸命頑張っています。

これだけは言える、

家族の支えがなかったら5年も住み続けられなかったと思うし、嫁ぐ決心もつかなかった。

家族には本当に感謝です。

 

そしてこれからも遠くにはいるけど、ずっと家族には恩返ししていきたいなと思ってます。

 

私にとって韓国とは?|これからもココに居続ける理由(ワケ)・理想の人間像は?

 

夢見て韓国に来たけれども、決して良いことだけがあったわけではありませんでした。

涙を流した時も多かったし、
精神的に苦しかった時期もあったし、
しんどくて日本帰ろうかなって思った時もあったし…。

それでも5年間韓国で何とかやり切れたのは、

“ただ韓国が好きだった”

からです。

好きで通用しないこともわかってます。ぶち当たったから。( `ー´)ノ
それを踏まえて韓国が好きだからという結果に辿り着きました><

まだまだできないことは山ほどあるけど、
心が折れるようなことがあるけど(←現在進行形)

私の人生は韓国とは離れられない仲なんだなと結論づきました!(笑)(なんか私と韓国は特別な関係だ!みたいな表現してて図々しいですが、イラっとさせてしまったらスミマセン:))

そんな韓国生活2年目の時にたまったま!彼と出会って結婚に至っただけなんです。だからこれからも大好きな国で大好きな人と暮らしていく。これが私の韓国に居続ける理由ですかね

 

韓国に住んでみたいと初めて思った14歳の時から10年、

まさか自分が韓国で大学卒業するとは
韓国に嫁ぐとは

中学生の頃の私は1ミリも想像していなかったとおもう。

あの時韓国にハマっていなかったら私の人生どうなってたんだろう?とたまに考えてしまうほど私の人生において韓国ってめちゃくちゃ大きな存在であります。

 

 

そして韓国でどんな人になりたいか?

韓国に住む超カッコいい日本人アジュンマになること。これが私の60歳までのとりあえず目標です!(笑)

定年頃には韓国のハルモ二みたいにパーマをかけるのも目標!!(笑)(その時のハルモ二達がパーマをかけているかわかりませんがㅋㅋㅋ)

 

 



まとめ

いかがでしたか?

今回は韓国在住5周年の節目に、5年間分の韓国生活振り返りや思ったことをひたすら書いてみました。

6年目も自分のペースで、向上心を忘れずに頑張っていこうと思います!(^^)!

これからも心強く、自分軸で生きていくぞ!!

 

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この記事を書いた人

2000年生 / 韓国・大邱生活5年目
中学1年生で韓国に興味を持ちはじめ、高校卒業後就職したものの心の奥にひそめていた「韓国留学したい」という気持ちを捨てる事ができず退職。2021年2月コロナ禍で永進専門大学へ正規留学。TOPIK級ナシから10カ月で6級合格達成。(継続して6級維持)2023年2月に卒業し同年3月に慶北大学へ編入・日語日文学科専攻。在学中に社会統合プログラム総合評価合格。2025年2月卒業後もD10ビザを取得し、現在も大邱に在住しながら就職活動中。。

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